モアイに会う 7日目 イースター島上陸

2026年

いよいよイースター島へ

朝8時前にホテルを出発。市内は若干渋滞したものの、郊外に出ると、流れはスムーズに。


45分程で、サンティアゴ国際空港の国内線ターミナルに到着しました。

最初は、「各々自動チェックイン機で…」ということでしたが、結局カウンターでチェックインすることに。このあと通常だと、「保安検査を受けて搭乗口へ」という流れですが…

イースター島は、チリ国内にもかかわらず別扱いになっていて、専用の窓口で、島用のPDIと呼ばれる入域許可証を受け取る必要があります。保安検査は、そのあとに行われます。

手元には、既にチリ入国の際に受け取ったPDIもあり、両方共同じレシート状のペラペラの紙なので、紛失&混同しそうで、ちょっとドキドキしました。

サンティアゴ空港・国内線ラウンジ

ターミナル内のショップには、キティーちゃんコーナーも。搭乗までまだ時間があったので、ラウンジに向かいました。

国際線ターミナルには、1か所しかないプライオリティパスラウンジですが、国内線ターミナルには、なぜか豊富にあります。そのうちのひとつ、搭乗口に近いラウンジ、『Andes Lounge』に入ってみました。

基本的な飲物はちゃんと揃っていて、軽食もそこそこにあり、

広くはないですが、ほどほどに休めるラウンジでした。

サンティアゴを離陸

搭乗する飛行機は、ラタム航空のB789。イースター島まで約4時間45分。結構かかります。

席に着くと、エコノミーのはずなのに「LATAM+」という、ちょっとだけ足元が広くてフットレスト付きの座席に、プチ(本当にプチ)アップグレードされていました。ツアーの人も何人かアップグレードされていましたが、なぜそうなったのかは不明です。


離陸後1時間程たったところで、機内食が登場。2種類ありましたが、無難そうなチキンを選択。味はまあまあ。

ずっと海しか見えていませんでしたが、いきなり陸地が見えたと思ったら、イースター島に到着でした。

イースター島上陸

空港にはボーディングブリッジがなく、タラップで降りて…

ターミナルまでは、三々五々歩いて行きます。写真撮影し放題です。

大型機をこんな角度から見ることは滅多にないため、テンションがあがります。

『Iorana=イオラナ』とは、イースター島の地元の言葉で「こんにちは」と「さようなら」の両方を意味する挨拶の言葉とのこと。ちなみにイースター島自体は、地元では『ラパ・ヌイ』と呼ばれています。

島の空港の正式名称は、『マタベリ国際空港』。1965年から供用が始まり、南米最長クラスの3,318mの滑走路を持ちます。どうしてこんな長い滑走路が作られたかというと、発着便が全て遠距離便でしかも太平洋上を飛行するため、他の飛行場へのダイバートが容易でないことから、飛行機に大量のジェット燃料を積載する必要があること、またスペースシャトルの緊急着陸場として使われることが想定されていたこと、などがその理由だそうです。

ターミナルに入ると、こんな巨大なオブジェが出迎えてくれます。

荷物のターンテーブルはひとつだけ。

エビの禁漁期間を伝えるポスターが貼ってありました。

空港の外観は、まさに離島のローカル空港。

空港玄関で待ち受けていたガイド氏から、歓迎のレイをかけてもらい、さっそく島内観光がスタートです。

こんな大型乗用車で、島内を駆け巡ります。

モアイとご対面

空港から車で走ること、およそ10分。駐車場で車から降りて、すぐ目に飛び込んできたのが、こんな光景でした。

モアイがいます!ここは『タハイ』と呼ばれる遺跡で、3つのアフ(祭壇)があります。

そのひとつが、5体のモアイを乗せた「アフ・ヴァイ・ウリ」。700年頃の初期のモアイ、と言われています。

実は今立つモアイ像は、近年になって立てられたもので、その前は長い間、倒されたままになっていました。部族間の争いで、モアイを倒しあったためだそうです。

「アフ・ヴァイ・ウリ」の横に単体で立つのは、「アフ・タハイ」

そしてもうひとつが「アフ・コ・テ・リク」です。島でただ1体眼が入れられ、「プカウ」と呼ばれる帽子をかぶり、オリジナルに近く復元されています。ラパ・ヌイでは、眼には「マナ」という霊力が宿ると信じられていたため、部族間の争いでモアイを倒しあった際に、眼はことごとく潰されてしまったそうです。なので今あるモアイ像は、復元された「アフ・コ・テ・リク」以外は眼がない状態になっています。

また近くには、下を向いて倒れているモアイもありました。かつて「アフ・ヴァイ・ウリ」に一緒に立っていた像なのでしょうか?

このあと何体ものモアイ像を見ましたが、やはり最初に見たことや眼が入っていたこともあり、ここが一番印象に残っています。

ちなみに、それぞれのアフの周りは結構広く立入禁止になっていて、あまり近づけません。

ところで『タハイ』は、様々な儀式が行われた重要な場所と言われています。

アフの他にも儀式のための広場や、ボートハウスと呼ばれる家(上画像がその土台)、人工の船着き場などが残っています。

入口付近では、露天のお土産屋さんが絶賛営業中。早速購入している人も…。

そのお店で売っていたものの中にあったのが、『コハウ・ロンゴロンゴ』(もちろんレプリカ)。もともと19世紀になって初めて発見されたもので、現存するのは、20点ほどしかありません。20~30cmくらいの板にびっしりと文字のようなものが彫られていますが、その読み方や内容について、またそもそも本当にそれが文字なのかどうかも含め、未だ謎は解明されていないそうです。

続いてガイド氏に連れられ、草原を10分程お散歩。着いた場所にあったのが…

「アフ・ハンガ・キオエ」。立像と、下半身だけの像の2体が並んでいます。”新しく王になった者が住む場所”、と言われています。

立像を後ろから見ると、首のあたりで補修され、つなげられているのがわかります。

泊まったホテルは…

「アフ・ハンガ・キオエ」を見学したあとは、再び車に乗ってホテルへ。

今回宿泊したのは、『Hotel O’TAI』。日本人の女性スタッフがいるホテルです。

広い敷地に点々とある建物の中に、5部屋ほどが連なるような造りになっていました。

割り当てられた部屋に入ると、最初に感じたのが湿っぽさ。”南の島”だからでしょうか。部屋としては、必要なものだけが揃ったシンプルな作りでしたが、個人的には致命的な欠点がありました。なんとハンガーが衣装棚に固定されていて、取り外しができないのです。これでは、洗濯ものが乾かしづらい…。ただ中にたった1本だけ普通のハンガーがかかっていて、結果的にはこれが大活躍。もしなかったら、大変なことになっていました。

シャワーを浴び洗濯をして、しばし休憩。そういえば部屋にテレビがありませんでした。イースター島自体には、有線テレビ局が1局あるらしいのですが。

ちなみにプールはあり、たまに泳いでいる人がいました。

夕陽を見に行くも…

午後6時前、『タハイ』に夕陽を見に行くため、歩いてホテルを出発。

途中に港がありましたが、そこにもモアイ像が。

『アフ・タウチラ』(左上画像)と『アフ・ホタケ』(右上画像)です。

ここのモアイは、入園料もガイドも不要で、いつでも無料で見ることができます。裏を返せばそれ以外の多くのモアイは、見るために入園料及びガイド同伴が必要となっているわけですが…。まあモアイ観光で生計を立てている島なので、仕方がないのかもしれません。

ちなみに港には、もう1体モアイ像があります。ただ像自体は本物らしいのですが、海側を向いているので正しく立てられておらず、調べてみても何か微妙に触れるのを避けられている感じになっています。なんででしょうかね…。

また港から『タハイ』に向かう道の傍らには、

こんなオブジェがあったり、

集会場みたいなところで、ダンスの練習をしている人たちがいたり。

20分ほどかけて『タハイ』に到着すると、多くの観光客が、夕涼みにきていました。

また像の周りでは、民族衣装のコスプレで記念撮影している人たちがいたり、のんびり馬が草を食べていたり。

ただ残念なことにこの日は雲が厚くて、夕陽を見ることはできませんでした。

帰りがけに、ホテル前に消防署があることを発見。近くにあると何だか心強いです。

午後7時半になり、夕食タイムに。ところがホテルのレストランでは、何とお酒の提供がない事が直前になって判明。飲んべえの人たちは、ひとまずお土産に買ったものを供出するなどして、対応していました。

食事のメニューは、カボチャのスープに

チキンとサツマイモの料理、

デザートは、パイナップルムースでした。味はまあまあ。

ところで離島で気になるのは、通信環境ですが、ホテルのwifiは普通に使えましたし、eSIMは、チリ本土と同じMovistar社のネットワークを使うことができました。本当に便利な世の中になったものです。

明日は、モアイの巨大製造工場を見に行きます。

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